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月の純真・星の憂鬱────累炎(5)

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翌朝、ミニョを連れて宿舎に戻れば、ミナムが無言で玄関に立っていた。ミニョには、昨夜、偶々収録に参加しなかっただけだと説明していて、常にバンドをつけて演奏する訳ではない事を話していた。ミナムを見つけて駈け寄ったミニョを抱きしめて頭を撫でているミナムは、俺を真っ直ぐに見ていた。

『ヒョン・・・話、出来るだろ!?』
『ああ、構わない・・・』
『オッパ!?』
『んん、ミニョ、お前、飯は!?』
『ん!?』

ミナムに聞かれてお腹を触ったミニョの手の下で腹が鳴ったらしく、ミナムがそこを叩いて笑った。

『ほら!食い意地は誰にも負けてないんだから!』
『む、そんな事は無いです!オッパよりは小食です!』
『はは、今朝はジェルミがごはんを作ってくれたんだ!お前もご馳走になれよ』
『えっ!本当ですか!わぁ、食べたいです!』

笑顔で俺を振り返ったミニョに先に行けと手を振ってミナムの前に歩み寄った。

『話って何だ!?』

何だと口に出して、でも、想像は付いていた。案の定ミナムは、ミニョの事だと言った。

『ミニョの・・・・・・歌の事・・・か』
『・・・俺が・・・何ですっぽかしたか・・・解ってないの!?』

ぶすくれた表情でそう返されて、どう答えるべきかを迷った。ミナムの懸念は、昨日、プロデューサーが言ってたモノと同様、ミニョには多少色っぽすぎる歌のイメージにあって、そしてそれは、今、世間で騒がれている虚実を、もしかしたら現実の物としてしまうかもしれないという懸念とミニョを傷付けるかもしれないという心配なのだと俺は昨夜一晩考えてそこに行き着いていた。

『・・・・・・お前の心配は・・・あれの事だ・・・よな』
『あれって・・・いうか・・・あれ以外俺が心配する理由・・・無いよね!』
『あいつは俺の恋人だ』
『ヒョンが一方的に思ってるだけのね!』

噂のネタと同じで、思わず殴りかかりたくなる様な事をさらりと言ったミナムに怒りが込み上げていた。ミニョがどう思っているかは別だと握った拳を我慢しろと自分に言い聞かせながらゆっくり解き、落ち着く為に息を吐き出した途端、ミナムの更なる一言は、俺をすっかり黙らせた。

『ミニョのイメージを世間がどう思おうとそれは仕方が無い事だと思ってるけどさぁ、俺が言いたいのは、ヒョンの中にもそういうものがあるって事だよっ!!!』
『・・・・・・・・・』
『ミニョのイメージ戦略をするのは勝手だし、それは、仕事上そうしたほうが良いという社長の判断もあるだろう!俺だってマ・室長に言われるまま整形もしたし、イメージを先行させるのが大事だというのも判るさ!けど、ミニョをそういうのに染めて欲しくないっ』

それは俺が日頃思ってる事と同じだった。同じ思いではあるが、相容れないというのは、ミナムの表情を見れば容易に想像もついた。しかし、ミニョの歌をあれに決めたのは、世間に広がっている噂を払拭させる意味もあって、ただ、これを知っているのは、俺とアン社長だけで、今、これをミナムに告げる事は出来ないなと考えを巡らせれば、不満たっぷりのミナムが、顔を近づけてきた。

『ヒョン!!俺の話!!聞いてる!!!』
『あっ、ああ、聞いてる・・・』

あまりに近く香がふわりと鼻腔を擽っていた。一瞬それにクラリと脳を揺さぶられ、何だと思いながら、ミナムの顔を見れば、そこにミナムではない顔が見え、一瞬微笑んで消えたその幻影に驚いていたらミナムが俺のジャケットを掴んでいた。

『ヒョン!!本当に判ってんの!随分変な顔してるけど!大丈夫かよ!?』

心配されているのか、咎めているのか、首を傾げたミナムの顔には、女の顔などある訳も無く、まして、あれは、あの女はと記憶を手繰り寄せている間にミナムがくるりと背中を向けた。

『ああ、そうじゃないんだよ!こんな話がしたい訳じゃないんだ!!』

また振り返ったミナムに自然零れた溜息と共に頷き返して、判ってると返事を返せば、宿舎を見遣ったミナムは、今夜と口にした。今夜かと思いながら、この話しをうやむやには出来ないなと覚悟を決めて、判ったと返事を返せば、微笑んだミナムは、そうと先に宿舎に戻って行った。

『あんな噂が流れなければ、この歌を歌わせる必要はなかったんだ・・・』

うすらぼんやりした月が雲に隠されて今にも泣き出しそうな空を見上げて噂の事を考えていた。




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────『辛いのね・・・』

辛い。そうだろうか。辛くないといえば嘘かも知れないが、それは良く解らない。ミニョの事を考えるのは四六時中で、確かに出会う前に比べれば、俺は、女でこうも変わるのだと知った。これが俺にとって初めての恋だからなのか、それは解らなくて、女という生き物は大事に扱えと教えられた事を思い出す。男と女は違う。考え方も意識も、それに対する思いも。

────『それは詭弁だわ、あなたは、本当にしたいことを抑えてる。それをちゃんと伝えてない』

だから、苦しいのか、だから、いや、でも、ミニョと俺はベッドも共にしてる。それとは違うだろう。



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『ねね、どう!?美味しい!?』
『うん!美味しいです!ジェルミ天才!!』
『本当!俺、こっち辞めてコックになろうかなぁ』

そんな軽口をたたいているジェルミの後ろを通り抜けながら、冷蔵庫に手を伸ばして振り返った所にシヌとミナムが何やら話をしている光景が見えた。いつも通りの涼しい顔で俺を見るシヌは、相変わらず何を考えているのかその表情からはよみ難い。グループの核であるのはシヌも同じで、俺たちに優劣はもちろんないが、俺に面と向かって意見をするのはやっぱりシヌぐらいだと考えるとミナムの話も従前と無視も出来ない。

『テギョン!ちょっと良いか!?』

案の定、俺を呼んだシヌにミニョが振り返って不思議な顔をした。この宿舎に在って、シヌが俺を呼びつけることなど稀で、仕事場以外では滅多にない事だ。今、シヌが俺を呼ぶ理由。それは、ミニョは知らなくて良い。永遠に。

『ああ、あの曲だな・・・』

そう、だから、仕事に託けて、話を逸らし、俺を見たミニョに笑顔で首を振り、背中を向けたミニョの後ろでシヌに地下に行こうと誘った。聞かれてはならない。今は。ただ、それだけだ。




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