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『話って何だ!?』
『解ってるだろう』
地下へ降りて、すぐそこの部屋へ促したが、シヌが首を振り、俺達はシヌの部屋で向き合っていた。やっぱりという思いが、脳裏を横切り、その感情の見えない表情にけれど意識してか知らずか心配そうに向けられた瞳に大丈夫だと返していた。
『本当か!?』
『ああ、お前だって・・・・・・被害者だろう』
そう、シヌも少なからず被害者だ。この仕事をしている以上大袈裟かもしれないが、どんな形にせよスキャンダルは無い方が良いに決まってる。それがまして、俺達みたいに国民的アイドルと騒がれているグループには時に致命傷を齎す事もあるからだし、嘗てそれを俺は、母で経験していた。発端は全て、ミニョがミナムであった事に起因していて、当時のカン・シヌとコ・ミニョの交際記事。それがネットに流れた事が原因だった。そしてそこに書かれていた虚痕が俺を悩ませている一因でもあった。
『俺は、そうは思ってない・・・むしろ・・・あ、ああ、いや・・・』
『・・・むしろ・・・コ・ミニョは俺の女・・・か!?』
『っ!?』
『は、世間の噂とは怖いものだな・・・どこから出たのかあの記事がまた世に出ようとは・・・コ・ミニョは、魔女で!?A.N.Jellを手玉にとる女!?俺もお前もジェ・・・』
『!!!!やめろっっ!!!』
嘲り交じりの呟きをシヌに遮られ、その苦しそうな叫びに胸が痛くなった。背中を向けていた為、表情は全く見えなかったが、いつものポーカーフェイスが激しく歪む想像はついた。苦しいのは、お前も同じだよなと心の中で呟いて、すまないと謝り、溜息を吐くとシヌも同時に謝って溜息を吐いていた。
『いや、ああ、そうだ、な・・・これは、俺達の問題だ・・・』
『ああ、ミニョ一人ではない!A.N.Jellも巻き込まれているんだ』
『ああ、ジェルミが気が付いてない事が・・・救いかな』
『・・・・・・知らないならその方が良い・・・ミニョも・・・然り・・・だ』
そう、いっそずっと知らずにいてくれ。一刻も早く終わりにするから。俺の預かり知らぬ処で噂を耳に入れないで欲しい。あいつは、あいつはそういうのに傷つきやすいんだ。俺の胸の中で、俺がお前を踊らせるから、だから、俺以外の手を取らないで、俺以外を見ないで、俺の知らないところで泣かないで。何度、何度そう思ったか知れない。あいつの笑顔を見るまでは、あの少しだけ不安な表情の下で俺に言わない事をどれだけ抑え込んでいるのだろう。あの小さな肩を抱く度に俺の腕にすっぽり収まる身体を抱く度に思わずにはいられない。誰だって傷つきたくはない。傷つけたくはない。だけど、だけど、それはほんの僅かな想いから生まれる。
『テギョン!?大丈夫か!?』
『あ・・・ああ・・・』
黙り込んだ俺にシヌが訪ねてきた事は、やっぱりミナムの事をどう片づけたのかということで、ミニョに話した通りを聞かせ、ミナムにも同じことを告げた事を教えた。
『・・・・・・そうか・・・まぁ、それが一番だな・・・この先も俺達だって一緒に出来るとは限らない』
『いや、あいつは、この歌が気に入らないんだ・・・』
『う、た・・・・・・!?歌詞の事か!?』
『・・・ああ』
ミナムと話した事をシヌに伝えるのは、どこか気が進まなかったが、あいつが背を向ける理由は、噂を元にした様な詞の内容だと知った以上、それを黙っているのも勘の良いシヌ相手には、得策ではないと考えながら、それをそのまま告げた。案の定、無表情だが、どこか憂えたシヌの顔を見れば、それは、長く一緒にいるからこそ解る僅かな表情の翳りで、ああ、やっぱりなと思っていた。
『聖女から女へ変わる・・・から・・・か』
『ああ、ミナムに言わせれば、それは、ミニョであって・・・・・・』
その先を口に出すのは躊躇われたが、シヌを真直ぐ見て続けた。
『・・・お前、知っていたな・・・俺の・・・母の事・・・・・・あいつは、ミナムは、そんな女と同等に扱われる事を嫌ってる・・・俺が選ぶ女だから・・・』
『・・・・・・同じ・・・だと!?言ったのか!?ミナムが!?』
ドアに視線を向けたシヌの考え込む様な顔つきに何だと思いながら、曖昧に返事を返して、黙りこんだシヌを見ていると何か思いついた顔で、笑顔を浮かべて首を振ってきた。俺を見て違うと思うと言うシヌに首を傾げれば、違うよともう一度否定をされた。
『それは、違うよテギョン』
『違うって・・・』
明るい声ではっきり言ったシヌに何が違うんだと思いながら耳を傾ければ、それは俺には寝耳に水だった。
『ミナムは、ミニョの事を守ってくれるのはテギョンだとちゃんと知ってる!テギョンしかいないとも思っている・・・ただ、これは、きっと余計なおせっかいだけど・・・俺も兄の一人として言わせて貰う』
コホンと咳払いをしたシヌにどことなく嫌な予感が胸を過ったが平静を装って何だと聞き返せば、シヌにしては珍しい声音が俺の前で披露された。
『ここが防音室で良かったな!テギョン!ミニョに聞かれたらお前きっと一緒に居てもらえないかも!』
ククと意味深に笑うシヌにこいつは心配しているのか面白がっているのかが図りきれなくて、面白くないと思っていたら、シヌが肩を叩いて耳に口を寄せてきた。
『なぁ、テギョン・・・ここだけの話だけど・・・もう寝たんだろう!?』
『なっ!?!?!?!?』
何を言うんだと思わずシヌの顔を凝視すれば、俺の肩でクククククと楽しそうに笑ったシヌが、三度肩を叩いて離れた。
『まぁ、俺も男だからね、その気持ちは解るよ!好きな人が傍にいて、肩を抱いてるだけで、手を握ってるだけで、触れ合ってるだけで満足かと問われれば、それは否定する!まして、いつも一緒の生活をしていて、同じ部屋だし、至近距離で、匂いも感じられるほど近くに居れば・・・』
『なっ、なっ、なっ、なっ、何が言ッいたッい』
『上擦ってるけど・・・』
『けッ・・・・・・』
『ああ、解った俺が悪かった・・・お前達のプライベートだな』
ご多聞に漏れず俺の顔も赤くなっていて、シヌのいつもなら絶対見れない氷の王子とは程遠い顔を見れば、沸々と湧き上がってくるものがあったが、タラリと垂れた汗にヒヤリとした俺は、ゆっくり呼吸を繰り返してもう一度背中を向けた。それでも、後ろの抑えた笑いが気になったが、シヌにばれたところで、ジェルミにばれなければ良いと思い直していた。
『そ、それとッこれと何の関係があッるんだ』
シヌに指摘された通り、上擦った声は、まだ上擦ったままで、俺の焦りを現していたが、必死に唾を飲み込みながら、平静を装って振り返るとシヌが真顔で俺を見ていた。
『お前、それをしてもまだ不安に思ってる事が無いか!?』
それ、とミニョとの行為をオブラートに包んで俺を見ているシヌの顔に心のどこかで薄く開いた扉がキィキィ耳音をたてていた。それは、俺の心の中でミニョを抱く度に思う事。薄く開いた扉の向うは、仄暗い闇で、そこから吹く風は生暖かい。もっとミニョを違う形で抱いたらどうだろうとか、もっと俺の思うままだけにミニョを凌辱したらどうなるんだろうとか、意地悪な思いよりももっとどす黒い、ミニョのあどけない顔とは違う女の顔を悦びに震える顔を垣間見る一瞬に胸を過る感情。それは、その一瞬が、ミニョ自身にも解っていて、俺を瞳で捉えた瞬間に恥ずかしさに瞼を落とし、もっと熱くなる身体を持て余すミニョと俺の一秒にも満たない時間に生まれる俺の中の不安にも似た感情。これを不安とか辛いとか考えるのは、少し違う気がして、シヌの言葉を聞きながら俺は、ああそうかとあの女の事を思い出していた。あの、シュオンという女の事を。
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言葉だけじゃ伝わらない想いはたくさんあるのよ
見えるものが全てじゃない
聴こえるものが全てじゃない
わたしは見ることは出来ないけれど
幸いにも感じることは出来るわ
聞こえなくて良い事も勿論あるけれど
幸せだと言えるわ
あなたも少なくとも幸せだとは思っているのよね・・・
幸せさ
俺が思っていたよりも
ミニョは幸せをくれた
何も変わっていないと言えばそうかもしれないが
ミニョを抱いて目覚める朝は俺の胸がほんのり暖かい
他愛ないやり取りが俺の中に、生まれて良かったと
こいつに出会えてよかったと思わせてくれる
モ・ファランと同じ種類の人間だと思われてたまるかっ!!!
俺はそれが許せない!!
あんたの母親でもあいつはミニョを傷つけた!!
あんたの母がどんな女に思われようとそんなのはどうでも良いっ!!
でも、あんたが選ぶ女は母親の様な女なのかと書かれるのは我慢が出来ないっ!!!
そうだ、俺だってそれは我慢が出来ない
母とあいつは全く違う
母は悲しい嘘を重ねた
愛した人の娘を
憎んだ女(ひと)の娘だからと
嘘を重ねて傷つけた
謝ってくれたから良いと言ったミニョの淋しい顔を
俺は
俺はきっと
忘れることは出来ないだろう
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