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目覚めは、とても快適なものだった。
いつもなら多少のまどろみを楽しむ時間にすっきり目を覚ましたテギョンは、暫く、ベッドの上で考え事をしていたが、隣に横たわる柔らかな寝息をたてる身体を見つめて微笑みを浮かべると、うつ伏せに眠るその背中にそっと手を置き、額にかかる髪を掻き分け、まだ、幼さの残るその寝顔にkissをしてベッドから抜け出した。
音を立てないように慎重に階段を降り、ベッドからは、死角になる窓を静かに開ける。
春の暖かい日差しと共に、まろやかな南風が頬に触れ、両腕を高く伸ばして全身を伸ばす仕種をすると空を見上げてふっと笑っている。
『良い朝だな』
幸せが滲み出ている満面の顔で、ゆったりと部屋の中に視線を戻し、まだ、起きる気配のないベッドの住人を見つめ、開け放した窓はそのままに、バスルームへ向かっていった。
シャワーコックを捻り、衣服を全て脱いでしまうと熱い湯で白く煙り始めたタイルに足を踏み入れ、落ちてくる放射状の水にその身を預けていく。
頭から被る熱い湯が、全身を温め、昨夜の汗もろとも洗い流し、その身を清めていた。
ふと、下を見下ろしたテギョンは、胸に手を当てると、そこにいつもならある筈の無いものを見つけ、指先を行ったり来たりさせながら、僅かに色づいたそこを辿った。
『ふっ、あいつが、つけたのか』
何度も行ったり来たりする指先が、その形を確かめ、数を数えるように動いている。
『結構、大胆なんだな』
そんな事は、当然無いであろうが、ひとつ悪戯を思いついた様な顔をするテギョンは、片側だけ口角をあげると、髪を掻き揚げ、首を後ろに傾けて顔にお湯が当たるようにシャワーを浴び続けた。
落ちる湯が、余韻を全て拭い去り、清々しい朝にふさわしく、緩む頬を引き締めていく。
『・・・・・・!?』
ふと、シャボンを手に取ろうと屈みこんだ耳に水音とは違う響きが聞こえて、怪訝な顔をして顔を上げたテギョンは、ウォッシュルームの扉を見つめた。
『なんだ!?』
この部屋の中に音を起こせるものなど他にいる筈もないが、良く眠っていた顔を思い出すテギョンは、細めた視線を扉に投げつけている。
『起きたのか!?』
自問自答する様に呟くと鼻で笑い、軽く頭を振った。
「まぁ、良いか」という呟きを漏らして、シャワーヘッドを手に持つとその向きを変え、全身を泡立てた。
潔癖症であると言われる所以そのままに隅々まで丁寧に洗っていた。
シャワーコックが捻られ、その水音が止まる頃には、小一時間程が経過し、ウォッシュルームのトイレとの境に設置された仕切りから腕を伸ばし真っ白なタオルを持ち上げたテギョンは、全身をくまなく拭きあげるとそのタオルを洗濯籠に放り投げ新しいタオルを二枚、手に取った。
一枚を腰に巻きつけ、もう一枚を頭からスッポリ被ると後頭部から前頭部へゴシゴシ擦りながら髪に残る水滴を落とし、扉の横にある洗面台の鏡の前に歩み寄り、軽く擦るとタオルの隙間から横目で自身の顔を確認している。
睨みつける様に鏡に視線を移したテギョンだが、その口角はあがり、緩む頬に更に自嘲的な笑みを零し洗面台に両手をついてじっと自分の顔を凝視した。
顎に手を触れ、首筋が映るように角度を変え、口角をあげて、瞳を動かし、ひとしきり自分の顔を確認すると、束の間の一人芝居の様な時間に終止符を打つように口元を引き締めて扉に手を掛けた。
バスローブの腰紐を結び、そこに指を引っ掛ける様に扉を出てきたテギョンは、何気無く右を見て、ぐるりと部屋の中を左回りに回ったが、ベッドに戻った眦が徐々に釣りあがって行く。
『どこに行った!?』
隣で眠っていた筈のミニョが、ベッドに居ない。
肌蹴た布団がベッドの上に無造作に丸められる様に置かれ、床に転がっていた筈のミニョの衣服も無かった。
『どこに行ったんだ!?』
静まりかえる部屋の中には、気配は無く、テギョンが開け放った窓辺のカーテンが揺れているだけで、首を傾げて顔に触れたテギョンは、その窓辺を見るとツカツカとそこに歩いていく。
カーテンを押し上げる様に上に持ち上げ、窓枠に手をついて、テラスを見れば、膝を抱えて蹲るミニョが、何かぶつぶつ独り言を言いながら、テギョンに背中を向けていた。
『どっ、どっ、どうしたらいいのかな・・・どっ、どっ、どんな顔すれば・・・』
独り言を呟いているミニョは、動揺しているのか、着崩れたカットソーと半分だけ履いているスリッパが、慌てていた様子を表していて、怪訝な顔で首を捻るテギョンは、足音を忍ばせるとそっと後ろからミニョに近づき、ゆったりした動作でしゃがみ込みながら、ミニョの首に腕を回している。
『ギャ、ーー・・・・・・・・・』
朝のさわやかな空の下にミニョの大きな声が響き、片目を閉じるテギョンの五月蝿そうに細められる瞳がギロっと下に向くと、悲鳴を抑えられた口元に手を当てられて、後ろから抱きつくテギョンを振り返っているミニョの視線が絡み、戸惑っているミニョは、テギョンを見つめたまま口を開いた。
『おおおおおおおお、はよう・・・ございます』
『朝から大声を出すなよ』
ミニョを抱きしめたまま、ギュッと腕の力を強めるテギョンは、しっかりその腕にミニョを閉じ込め、ぬくもりを
確かめる様に頬を摺り寄せ、音を立てて頬にキスをした。
『どうしたんだ!?』
大きな瞳でテギョンを見つめるミニョにそう聞いたテギョンは、ん!?と口の端を上げて優しく微笑み、そんなテギョンをジッと見ているミニョは、ハッとした表情を浮かべると慌てて前を向いている。
『なっ、なんでも・・・ない・・・で・・・す』
赤く染まる頬に手を当て、熱を冷ます様に目を閉じ首を振っていて、そんなミニョの様子に少し呆けたテギョンだったが、口の端で、かすかに笑うとまたミニョを締め付ける腕の力を強くした。
『どうだった!?』
耳元で、ミニョの耳に唇がくっ付くほど近くでそう聞いたテギョンは、顔を綻ばせて答えを待ち、吹きかかる息にビクッと身体を竦ませたミニョは、テギョンの腕の中で固まっている。
『気持ちよかった!?』
固くなったミニョの身体に声も出さずに笑っているテギョンは、俯いて、笑いを堪え、固まったまま目を大きく見開いているミニョは、思考も止まってしまったのか、微動だにせず、ただ、まっすぐ前を見据えていて、一向に答えが帰ってこない様子にミニョの顔を覗き込んだテギョンが、その頬を突いた。
『コ・ミニョ!?』
『・・・・・・・・・キャーーーーーーーーーーーーーー』
『わっ!!なっ、何をする!!』
悲鳴と共に勢いよく立ち上がったミニョに意表をつかれたテギョンは、後ろに転ばされる様に尻餅をつき、震えた様に身体を抱きしめたミニョは、慌てて後ろを振り返ると驚いた表情でテギョンに手を伸ばしている。
『すっ、すっ、すみませんっ!!』
身体を半分に折って、その頭を膝に擦りつけるほど深くお辞儀をして、テギョンに手を伸ばして、その手を掴むのを待っていたが、いざテギョンの手が指先に触れるとまたハッとした様に腕を引こうとして、テギョンに手首を掴まれてその身体ごと引き倒された。
『わっ、えっ、あっ、わ』
『何をそんなに慌ててるんだ』
ミニョを胸に抱いてその背中を軽く叩きながら、クスクス笑っているテギョンは、ジタバタする身体をしっかり抱え、まるでその場に寝転がりそうな勢いで背中を逸らしている。
『少し、静かにしろ!』
テギョンがそう言った時、テラスの下から、どうしたんだとシヌとミナムの声が聞こえ、やっぱりなと顔を顰めたテギョンにミニョは、真っ赤になって黙ってしまった。
『なんでもない!ミニョが虫に驚いたんだ!』
『そうなのかー』
『朝早くからあんまり大声出すなよなー』
『ああ、悪かった!すぐ黙らせるから!』
『なーんだ、そんな事かぁ』
『虫に驚くなんて、田舎じゃたくさんいるだろう』
『案外そういうのダメみたい・・・教会とかでさぁ』
大きな声で話すミナムとシヌの会話が段々遠ざかって、宿舎に入る音が聞こえると、ふーと溜息を吐いたテギョンは、そっとミニョの身体を起して、その額にキスをすると小さく謝ったミニョが、ゆっくり立ち上がった。
『ったく、これじゃもう一回風呂に入るようだな』
そう言いながら立ち上がったテギョンは、ミニョの手を取ると開け放した窓から部屋に戻り、少し待ってろと言ってバスルームへ向かって行った。
テジトッキの座る革張りのソファーの脇に放置されたミニョは、シュンとした様子で俯くと、ソファーに手を掛けて
ぬいぐるみの手を持ち胸に抱えてそこに座っている。
『チッ、折角の気分が、台無しだ・・・』
呟きを零しながらバスルームから出てきたテギョンは、タオルを外してバスローブを着換え、別なタオルを持って頭を拭い、小さくソファに両足を乗せて座り込んでいるミニョを見るとこっちに来いと呼んだ。
ベッドに座ったテギョンは、ぬいぐるみを抱いたまま前に立ったミニョに手を伸ばすと、上を見上げて、もっとと視線で威嚇し、チョコッと爪先を進ませたミニョは、口元にテジトッキを当てて、唇を突き出す様に視線を泳がせていて、それをジッと見ているテギョンは、右手で唇を撫で始めた。
『どうしてあそこに居たんだ!?』
低い声と裏腹に眦が柔らかく下がり、その答えなど解りきっているという表情でミニョを見つめるテギョンは、ミニョの握った指先を自身の指で擦るように動かしながら問いかけをし、テジトッキを抱えたまま顔を覆い隠す様にチラチラと隙間からテギョンを見ているミニョは、小さく首を振っている。
『解らないのか!?』
テギョンの左右の口角があがり、ニンマリとした口元を作ると、それを見たミニョは、小刻みに首を振り始め、黙ったままテギョンを通り越してその後ろのベッドに丸められた布団を見つめ、テギョンに視線を戻すと、あと口を開けた。
『あの、えっと、その・・・』
『解らないなら俺が教えてやろう!』
口篭るミニョに被せる様に言葉を発したテギョンが、握っていた手を強く引くと、ドサッとミニョの身体をベッドに押し倒し、その上に覆い被さる様に顔を覗き込み、ミニョが言葉を発するより先にその唇を塞いでいる。
『・・・っ・・・』
『黙れ』
離れる隙間に威圧的にミニョを威嚇し、ベッドの下に落ちている足を持ち上げたテギョンは、キスを繰り返しながら、ミニョの足の間に自身の身体を入れ込み、未だ肌蹴たままのミニョのカットソーの隙間から手を入れると、何も身につけていない事を確認して、ミニョの柔らかい部分に侵入した。
『・・・ッ・・・』
『痛むのか!?』
僅かに歪められた口元を見逃さなかったテギョンは、慌てて指を引き抜き、ミニョの瞳を覗き込んでいて、テギョンと視線が絡んだミニョは、小さく首を傾げるとテギョンの肩口に顔を埋めている。
『大・・・丈夫・・・です』
恥かしそうに紡がれる言葉にミニョの髪に触れているテギョンが、本当かと訊ねた。
『大丈・・・夫、少し、驚いただけです・・・』
『ミニョ・・・』
『えっと、その、ど、どんな・・・顔をすれば良いのかなって・・・考えてて・・・』
テギョンにしがみ付く様に言葉を紡ぐミニョは、恥かしさと嬉しさと織り交ざった様な声を出し、テギョンの手を握りながら、耳元に唇を寄せた。
『良いの・・・か!?』
『・・・は・・・い』
ミニョの額に口付けたテギョンは、笑みを零し、けれど首を振っている。
『ふっ、違う・・・そうじゃない・・・』
『え!?あの・・・』
『無理をさせなかったか!?』
『え、あの・・・大丈・・・』
そうかと頷くテギョンは、ミニョの身体を確かめる様にその脇腹を撫で、ピクッと竦んだミニョを宥める様にキスをするとコロンと隣に仰向けになった。
『ヒョ・・・・・・ッパ・・・』
『・・・オッパ・・・だろ・・・』
『・・・・・・は・・・い・・・』
『昨夜は、たくさん呼んでくれたのにな・・・』
起き上がったミニョが、テギョンの顔を覗き込み、ミニョの顔に手を伸ばすテギョンは、頬に触れ、そっとその顔を引き寄せると、ニンマリと笑いながらミニョの唇を奪い、その身体を胸にかき抱いて、サランヘと呟いた。
『いつまでもこうしていたいけど・・・朝だからな』
『・・・はい・・・』
『昨夜の感想は・・・今夜に持ち越しだな・・・』
ミニョの身体を隣に降ろしたテギョンは、楽しみにしてろよと言って、クローゼットに消えてしまい、ベッドに残されたミニョは、ガバッと起き上がると、テギョンの消えた方角を見つめて三度、大きな声を出しているのだった。