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電話を受けたものの何も言わない相手に苛立ったテギョンは、用件はと冷たく言い放っていた。
用がなければ掛けてこないし、会いに行って暗い気持ちを抱えて帰る羽目になった事が何度もあって、それでも電話に出る時の胸が僅かでも躍る期待は、やはりその人をどこかで求めている証の様で、小さな後悔は、何度体験しても治らない。
(用件というか・・・ね・・・ミニョssi、戻ったかしら!)
ミナムと散々やりとりした書類を片付けながら机を整理していたテギョンの手が止まった。
『ミニョに会ったのですか!?』
(ええ、話があるって・・・)
『話!?ミニョが尋ねて行ったのですか!?』
(ああー、帰ってないなら良いわ、また、改めるわ)
それだけ言って電話は切れた。
一方的だと携帯を見つめ、書類を封筒に入れたテギョンは、それを小脇に抱えて、会議室の明かりを消した。
『ったく・・・あの人は、なんでいつもああ・・・』
ぶつくさ文句を言おうと開いた口をゆっくり閉じたテギョンは、廊下の端に座り込んでいるミニョを見つけていた。
『コ・ミニョ!?お前、こんなところで何をしているんだ!?』
膝を抱えたミニョは、顔も埋めている。
ツカツカ近づき、腕を伸ばしたテギョンだが、顔をあげたミニョにぎょっとすると片膝をついた。
『どうしたんだ!?オモニに何か言われたのか!?』
電話といい、ミニョの態度といい、テギョンの頭には瞬時にファランへの不快感が募っていた。
『チッ!あの人っ、何をっ』
『あっ、ヒョ・・・いえ・・・オッパ・・・違います・・・』
違うと首を振り、テギョンの腕に応えて立ち上がったミニョは、曖昧に笑って時間はあるかと聞いた。
『ん!?ああ、今日は、もう、特に用も無いからな・・・飯でも食いに行くか!?』
はいと声を出す代わりに頷いて腕を取って擦り寄ったミニョを見下ろすテギョンは、その口元の明らかに作った無理やり笑っている顔に目を細めた。
なんでも無いと言っても明らかに何かあったと勘繰るに十分な笑顔。
何を言われたんだと考えながら、ミニョの他愛ない話に耳を傾け駐車場に向かったテギョンは、何を食いたいかとリクエストを聞いた。
『あ・・・えっと・・・そう・・・うっ・・・』
トランクを開けて書類を仕舞っていたテギョンは、助手席のドアを開け今、正に乗り込もうとしていたミニョの嘔吐いた僅かな声に顔をあげたが、すぐに収まったミニョは、何事も無く助手席に乗り込んでテギョンを待った。
どう話そうかとミニョの心中は、パンク寸前だ。
ドキドキする胸を抑え、深呼吸を繰り返していた。
『やっぱり、お前、オモニに何か言われたんだろう!?』
『えっ!?』
ドアを開け、屋根に手を置いて中を覗き込んだテギョンは、正面を見ているミニョを見つめていた。
『さっき、オモニから電話があったんだけど・・・お前は帰っているのかと聞かれたぞ』
『えっ!?あ・・・そ・・・』
『それだけ聞いて切れちまったから何を言いたかったのかは判らないけど、あの人は、勝手な人なんだ・・・あんまり近づくな!また、傷つけられるぞ』
『そっ、それはぁ・・・わたしだってまだ完全には許せないですけどぉ・・・』
『許せないけど!?俺のオモニだからか!?』
エンジンを掛けたテギョンは、手にしていた小さな箱を後部シートに放り投げていた。
それを見ていたミニョは、首を傾げたが、アクセルを踏んだテギョンの横顔を見つめ、暫くして正面を向いた。
『ファン・テギョンssiは、好きでしょう!?』
『はっ!さぁな、好きか嫌いかと聞かれれば嫌いではないだろうな・・・あの人が俺の母である事は動かしがたい事実だからな・・・今やってる事だって、結局は、あの人の為だ・・・俺の事を散々隠そうとした癖にあの人の顔を見るとどうしても・・・・・・』
どうしても年齢を重ね情けない顔で自分を見つめた姿に気持ちが良いとは言えなかった。
且つて堂々と輝いて手の届かない程遠くに居た人。
請うれば会ってくれる事もあったが、そこに居たのはあくまでモ・ファランという虚像であって、ファン・テギョンの母では無かった。
その虚像もまたファランの一部だが、子供を虐げて自分の為だけに生きていて、憎くもあった。
けれど憎みきれないその想いは、テギョンもまた虚勢を張って生きているからに他ならない。
どんなに憎まれ口を叩いてもどんなに相手を傷つけ傷つけられても捨てきれない情というものが、存在していた。
そして、それは、ミニョも同じだろう。
ファランの一言一句に傷つけられ、泣いて否定し、真実を告げられたところで、簡単には許せない気持ちはテギョンにも理解は出来ていた。
ただ、決定的に違うのは、ミニョは、最近、自ら進んでファランに会いに行くことだ。
『ったく、お前、なんでわざわざあんな女に会いに行くんだよ』
『うっ・・・だって・・・他に相談出来る人もいないですし・・・』
『はぁ!?相談なら俺にすれば良いだろう!女のことならヌナ達だって・・・』
信号で止まった車の中でテギョンとミニョの視線が絡んでいた。
真剣な顔で真摯な瞳でテギョンを見つめ続けるミニョに青に変わった信号に気付かないテギョンは、その頬に手を伸ばしていたのだった。